Leeds/Bradfordという、小さいながらも国際空港に降りると、ごく普通に慣れた感じで入国審査。 何回か海外旅行の経験はあるもんねー・・・と軽い気持ちで、お決まりの返事、「Sight seeing」。 ところが、何の因果か、ちょっと待て!と足止めを食らう。 最初はすぐに通してもらえるだろうと、軽い気持ちでいたのだが、そこの椅子で待ってて、と言われたきり。
問題は、私が訪問先の住所を覚えてこなかったことと、3週間もこの田舎町で観光ってのはおかしい、と、どうやら思われたことらしい。 つたない英語で、犬と家畜を見に来た、なんて言ったもんだから、ますますこじれる。 とうとう、迎えに来てくれた人を呼び出して、こいつは何者だ!と聞いてきたらしい。
犬を見に来たなんて言ってるが、それは本当か???何故だ?????
なぜ??じゃあ、なぜ犬を見に来ちゃいけないの???
なーんていう、やりとりがあったようだ。 結局、30分ほどで無罪放免になったのだが、犬のことなんかを大真面目に話す人間なんて、どこの国にもあんまりいないんだろうなぁ。
休暇に犬を見に来てなにが悪いのよねー!?休暇よ!休暇!!Just H.O.L.I.D.A.Y!!! と、しばらく盛り上がった。
さて、迎えに来てくれた人は、今回、何から何までお世話になった、メインラインボーダーコリーセンターの所長バーバラ・サイクス氏である。 これから、3週間の間、日常をともにしながら、いろんなことを教わったり盗んだりするつもりなのだ。
ファームに着いて、コーヒーを飲みながらしゃべっていると、いつの間にか、講義になっていた。 最初のお題はフード。 もともと、ろくすっぽしゃべれない英語なのに、まだ耳も慣れていなかったので、何度も何度も私が理解するまで繰り返し話してくれた。 本当に申し訳ないと思うが、ありがたいことである。
その後、19頭の犬たちや馬や羊やあひるたちにあいさつ。 なかなか暗くならない季節ではあるが(10時半くらいまで明るい)、時差ボケで狂ったお腹にとりあえずの夕食をいただいて( Fish&chips。これが結構好きだったりする)、長い初日を終わることにした。 明日は、さっそくあなたのトレーニングよ!とのお言葉をいただいて。
さて、朝から何をするのだろう。
何か手伝うよ、と寝室から出ていくと、まず、フードを用意しながら、犬たちを小屋から出す。
19頭もいるので、3つくらいのグループに分けてバックヤードに放す。
フードが気になってじっとそばで待ってる奴、バケツの水を全部飲んじゃう奴、馬糞を食ってる奴、馬糞を身にまとってる奴、馬に飛びかかろうとしてる奴、ちらちらとよそ者(私)を観察してる奴、逆に私に挨拶したがる奴、やたら私に何かを拾って持って来る奴・・・いろいろいる。
フードはそれぞれの犬にあわせて、全体量やたんぱく質の量を加減している。 月齢や体重だけで考えるのは間違いなのである。 それでも、すぐに食べ終わる犬、なんとか全部きれいにする犬、今日は食べないという犬、これもいろいろである。
彼らが食べている間に、アヒルと鶏にえさをやり、馬を草地に放してやる。 食後は少し犬たちと時間をとって、バックヤードに座り込んで、犬たちの名前を覚えたり、生い立ちを聞いたりした。 犬たちはちらちらこっちを気にしながら、思い思いに過ごしているが、目が合うとうれしそうに近寄ってくる。 ちょっと挨拶をするとまたどこかへ行ってしまう。 ときどき、突然、すごい勢いで甘えに来ることもある。身体を摺り寄せてくるのだ。 かわいいのだが、さっき馬糞の上で転がってた奴だけはご遠慮願いたい。
みんなベッドに戻って!と声をかけると、わりと素直に自分の小屋へ戻っていく。 最後までもっと遊びたいと言ってる奴もいるにはいるのだが。
今日はこれから、羊の虫下しを飲ませるのだそうだ。 犬たちのチームリーダー Skye と呼ばれる小柄な女の子は、このファームの看板娘である。 この子と一緒にフィールドへ出て、「アウェイ・・・アウト」とささやくと、大きく右に走り出して起伏があってよく見えない牧場の遠くの方まで走って行き、40頭ほどの羊をまとめて戻ってきた。
囲いに入れて、さあ、今度は人間の出番である。 逃げ回る羊の首の後ろを捕まえて、すかさずあごを押さえ、馬乗りになって身体を保定する。 マズルの横から(羊もマズルって言うんだろうか?)薬用のノズルを差し込んで、ピストルみたいに引き金を引く。 これで、一頭分の適量が送り込まれるらしい。
私も数頭、やってみた。 かなり重労働で、薬を飲ませた印の赤いペイントがウィンドブレーカーを直撃。 ま、いいか。 バーバラの家の羊は犬のために飼われているようなものなので、たいした頭数ではないのだが、これを、女手ひとつで何十年もやってきたのかと思うと、なんだか頭が下がる思いだった。
さてさて、昼飯。
コールスローサラダとハムやチーズを雑穀のパンではさんだだけのシンプルな食事。
これが、結構おいしい。
あれ?どうだったっけ?Hopeがうまく動かない・・・。
そんなことを感じ始めたとき、バーバラが割って入ってきた。
ごめんね、時間を無駄にしちゃったわね・・・
厳しい一言である。
Hirokoは先にもう少し犬を知る必要があるわ。
今度はMossieに、犬が人間と会話をするとき、リーダーの意思を尊重するとき、どんなボディランゲージで表現するのかを教えてもらう。
翌日、仕切りなおし。 もう一度Hopeにお相手願う前に、私が犬の位置を確かめてみる。
あ、今度はよくわかる。
彼らは仕事をするときは、いつだって全力で最善を尽くそうと思っている。 昨日の私のように、相手が言うことを聞いてくれない、とか、うまくできるとこを見せたい、なんて考えちゃいないのだ。
なんでそんなことがわかるかって? 犬の立ち位置に立ってみたらきっとわかる人にはわかる。 そんな気がする。
わかった気になって、Hopeとペントレーニング。
そうそう、ほら、ここが羊をまとめる一番いい位置ね。
こっちへ移動させたいな。
了解、なら僕はこっちへ動くよ。
そっちにはブッシュがあって、ひつじはそっちには逃げないから、僕はこっちを抑えるね。
心と身体で会話をしながら、ふたりで静かなトレーニング。 犬との一体感?そんなありふれた言葉で表すのもどーかと思うけど、いい言葉が見つからない。 爽快だったなぁ。
もうHopeはバーバラに困った顔を向けることも、草をかじって仕事を放棄することもない。
少し理解した目で見ると、犬がどうしたいのか、人間が何を間違っているのか、なんとなくわかる。 犬を何頭も使って体験させるのは、犬にも個性があることをわかってもらうためで、たとえば、犬を飼うときに、自分がどういう性格の犬と相性がいいか、などといったことを考える一助になれば、という考えでもある。
ここ、イギリスはヨークシャー地方だって、綿羊で生計を立てている人など今どきほとんどいない。 だから、羊仕事を教わりに来るのではなく、牧場体験や犬とのひとときを楽しみにくる。 それに応えて、こちらは犬と暮らすってどういうこと?犬と一緒に仕事をするってどういうこと? そんなことを少しでも感じ取ってもらったり、家畜を操る犬の巧みな技術を堪能してもらったりする。 そして、やたら仕事犬と家庭犬に線引きをしたがる人たちに、みーんな家庭を土台にした同じ犬であること、それぞれの性格をつぶさずにナチュラルでいられることが大事だとわかってもらいたいのだ。
ところが、人間の個性のほうが強烈で、頑なである。
犬ごとき、すぐに言うことを聞かせられる、といった態度の人。
すぐにおろおろして、犬に謝りたおしている人。
ロボットのように言われたとおりにしか動かない人。
バーバラは力説する。
犬は、あなたと一緒に、仕事をもっとも効率よくやりたいと思うのよ。
たとえあなたがどんな人であっても。
だから、あなたも、目の前の仕事のことを考えて。
犬を信じて。
カッコよくやって見せようなんて見栄は捨てて。
犬とも羊とも戦っちゃダメ。
それでも、延べ5時間ほどの体験で、みな笑顔で帰っていく。 (雨がざんざん降っていてもだ!!さすがイギリス・・・) 犬たちは家畜を相手に真剣に仕事をするけれど、一旦フィールドを出て、バックヤードでお客さんたちを見送るときは、遊ぼうと誘ってくれるやさしい友達だ。
家族としての信頼があるから家の仕事ができるのよ。
どんな犬だって使えない犬なんかいないのよ。
バーバラがよく言う言葉だ。 今、私も本当にそう思う。
今回出番がなくて、おとなしく小屋で待っていた子をバックヤードに放して、しばしのふれあいタイム。
ふれあい、と言っても何をするわけでもない。
ただ、私たちのまわりに犬がいるだけ。
中には、木切れやら石やらバケツ(!?)やらを次から次へと持ってきて、投げろ!という奴もいる。
でも、投げない。
投げないから、座っているひざの上にどんどん石が積み上げられていく。
答えはわかっているが、バーバラに聞いてみた。
ボール投げてやったりしないの?
しないわ。
犬の興奮を煽るばかりで、頭を使わない犬になっちゃうから。
そういう遊びは、長い時間集中することが苦手になるわ。
うん、やっぱり、答えはわかってたな。 これで日本から抱えていったわだかまりはきれいさっぱり。 この犬たちとは静かにゆったりと暮らそう。
ここでは19頭全部が外の犬舎にいるわけではない。 歳をとって仕事からリタイアした犬や、体調管理に気を抜けない犬などは家の中で暮らしている。 夜はバーバラのベッドの上で眠る犬もいる。 Mossieもそんな犬の一頭で、家の中で暮らしている。
コーヒー片手に居間へ行って、Mossieにお気に入りのボールを持ってきてもらう。
ボール・・・といっても、木でできている直径2、3cmの小さなボール。 噛むのは禁止。 弾力のあるものを噛んで顎を使うことや、ましてや音の出るボールなどで甲高い音を聞くことは、あらぬ興奮や攻撃性をも煽ることになりかねないからだ。
Mossieと向き合ってバーバラも腹ばいになって寝っころがる。 しばらくすると、ひとりで鼻の先や手でボール遊びをしていたMossieは、ちらっとバーバラのほうを伺うと、ボールをつん・・と転がした。
あれっ?今、彼女は何をした?
そんな顔をバーバラに向けると、バーバラは目でうなずいてみせた。
今度はバーバラが、Mossieにボールを転がす。 じっとボールを見つめている目が、ふと寄り目になると、また鼻先でボールを押して転がした。 何度か静かにパスしあった後、静かにバーバラがMossieに話しかける。
今度はHirokoも入れてあげようか。
ソファに座っていた私は、床におりて座る。 バーバラが私にパス。 私から、Mossieにパス。 しばらく考えていた彼女は、少し体を浮かして私のほうへ向きを変えると、明らかに私にパスをしてきた。 今度は私からMossieにパス。 Mossieはバーバラにパス。
おもしろい。 彼女は確かに、頭を使ってゲームを楽しんでいる。
2、30分ほどだったとは思うが、集中力の途切れない彼女に脱帽だ。
次の日、Hopeともこういう風に遊べるかな?と思って、ボールを指差してみた。 お、遊んでくれるの?という表情に変わった彼は、ボールを咥えて体当たりして来て、私のひざに落とす。
少し離れて伏せててね。
ボールを彼の鼻先に転がしてみる。
じっとボールを見ていたHope。 ボールが止まると、パクっとくわえてまた体当たりしてくる。 目線の高さを合わして遊んでいると、まっすぐ顔をめがけて突っ込んでくる。
まぁ、これも個性ね。
しかし、これだから男は・・・というのがバーバラと一致した見解でもある。
どの子もちゃんと羊仕事くらいできる。 トライアルのような「競技」で「勝つ」には、それなりの犬を選ぶことも、それなりのトレーニングや精神力なども必要になってくるのだろうが、普通に家の日常仕事をこなすのはたいしたことじゃない。 たとえ、どんな教え方をしてもできるもんはできる。 それに、根気よく教えればどの子も競技に参加くらいはできるだろう。
一番問題なのは、やっぱり人間なのだ。 それぞれの犬の持っている力、器量、良さをどれだけ引き出せるか。 これは、人間が頭で理解した訓練テクニックで解決する問題じゃない。 どんなにすばらしい犬でも、相性が悪かったら最高の力を出せないってことだ。
だから、羊飼いにはそれぞれ自分のラインがある。 その人とその犬には目に見えない絆がある。 その犬が一番素敵に見えるとき、必ず、その人がそばにいるってこと。
バーバラと強い絆で結ばれていたMegはとっくにこの世にはいないが、その血は、Skyeにもちゃんと受け継がれている。
彼女の素敵な犬たちのビデオをたくさん見せてもらった。
ある犬は演技上手な俳優だった。
ある犬はトライアルで見事にナショナルチームに選抜された。
ある犬は即興でアヒルを使ったアジリティを披露してくれた。
犬が最高にカッコよく見えるとき、必ずそばに私がいる、なーんていいなー、と頭の中はすでに理想でいっぱいである。
昼間っからビールを飲んで、夕食にはワインを飲んで。 日曜は家族そろってパブに繰り出す、というのもよくあることなんだそうだ。 遅くまで明るいし、犬を連れて、パブの外のベンチでちょっとビールを。
仕事をしない、とはいっても、お客さんが来ないというだけで、ファームにはやることはたくさんある。 羊柵の修繕や、新しく来たあひるのための柵作りや、バックヤードの草刈りや、犬たちの小屋の点検や、犬たちのフードの買出しや・・・
ついでにオフィスワークが山ほど詰まれているし、電話やメールは容赦なくやってくる。
それでも、明るいうちはほとんど外にいて、何かをしている。 邪魔にもならなかったろうが、あんまり役にも立たなかったなぁ・・・。
生き物と暮らすってことは、休みがないことだと頭では理解していたが、実感だ・・・。 が、そんな毎日がとても新鮮で、なんだかとてもうれしい。
思いのほかバーバラが気を使うのが、犬たちの小屋の配置や向き、家畜たちの導線などだ。 だから、あーでもないこーでもないとぶつぶつ言いながら、新しい犬舎の置き場所を考えるのにかなりの時間を費やしていた。 レスキュー犬や、お客さんの犬たちなども出入りするから、鉢合わせした弾みでケンカしたり、弱い子がのんびりできなかったりすることをできるだけ避けたいのだ。 みんなが(もちろん人間も含めて)快適に、そして、なによりもお互いの生活を干渉しなくてすむような空間を作ろうと配慮している。
そして、犬舎や牧柵に限らず、生き物たちの日常については、本当に気を使っている。 さりげない愛情が感じられる場面がたくさんあって、ぜひ真似をしたいと思った。
群のアルファはスーパーバイザーであると同時に、みんながリラックスできる舞台の演出家でなきゃいけないんだね。
Sheepdog Experieneのときもずっと立ち合わせてもらっていたが、この日もそばでずっと聞いていなさい、とバーバラから言ってくれた。 お客さんに、日本から犬のことを勉強しに来ている・・と紹介までしてもらった。
お客さんと問題犬を前に、いろいろ質問していく。
犬の名前は?年は?トレーニングを受けたことは?
こんなところへ犬を連れてくるなんて人は、たいがい犬のことを真剣に考えているから、いろんなトレーニングをすでに受けている。 パピークラスに始まって、家庭犬訓練なんてのも・・・。 なのに、思い通りのいい子にならないというのだ。
ふうん、どこの国でも同じようなことを言うんだなぁ・・・。
でもねー、私の目から見たら、十分いい子なのだ。 日本で出会う子はもっとヤバイぞ。
何を困っているの?というバーバラの問いかけに、他の犬に威嚇することがある、というのだ。
たしかに、Skye相手に睨んでたような。 (Skyeはコンサルティングのときも仕事があるので、その辺をうろうろしている。)
それは困ったことね・・・。
そして、陰で私に耳打ちする。
犬を襲うような犬は、いつ、人間に向かってくるかわからないわよ。
この程度の犬同士の威嚇なんて悲しいことに日本じゃいくらでも見られるが、実は程度問題じゃなくて、威嚇するという行為自体が許してはいけない重要なことなのだ。
やめさせるのは簡単よ。
あなたがリーダーになればいいだけ。
犬の信頼に足るリーダーになればいいだけ。
まず、あなたが自分の犬を理解すること。
そして、彼が理解できる形で守ってやること。
言ってることはどこでもよく聞く対処法となんら変わりがないが、とにかく違うのはバーバラの視線。 飼い主の観察を怠らず、犬の表情を読み取る。 タイミングよく犬の位置や、飼い主の言動に注意を促す。
そして実践。 バーバラに連れられて歩く犬は、ほんの数分程度で自分の立ち位置をわきまえた(ように見えた)。 それと同時に、私には犬の表情が和らいでいくように感じられた。
飼い主さんは、自分の犬の持つ可能性を目の当たりにして戸惑いながらも喜んでいる。 そして、私にも、がんばってね、成功を祈ってるわ、と激励の言葉を残して帰っていった。
あの犬、いい子だったね。
飼い主さんも来たときと帰るときはだいぶ変わったね。
これから、調子良くいくといいね。
私がやって見せたことを、ずっと自然に続けていけるかどうかね。
私はちゃんと教えたし、犬ができることも見せたわ。
人間が人間のように犬を考えなければいいだけのことなのよ。
犬は犬だってこと。
犬がどう考えてるか犬のように考えればいいのよ。
私も、精一杯、自分が感じたことをしゃべってみる。 根気よく聞いてくれたバーバラは、最後に笑いながらこう言った。
Hirokoは Dog person ね。
犬のように考えること(Thinking Like Canine:バーバラのキャッチフレーズ、登録商標だ)はそんなに難しいことじゃないのよ。
うんうん、なんだか、とってもよくわかってきたような気がする。
白い馬 Mollie に乗せてもらって、二人に着いていく。
Mollieは本当にやさしいのよ。
彼女に任せればだいじょうぶだから。
乗り方さえも知らなかったのに、少し教わっただけで出発。 1時間ほど丘を散歩する。
馬の背中から見ると、景色が全く違うんだね。 それに、当たり前なんだが、馬のあったかさに感動してしまった。
Mollieは止まるときも少し早足で行きたいときも、ちゃんと言うことを聞いてくれる。 なんて優しいんだろう。
バーバラやヴィッキはブッシュを飛び越えたりして遊んでいる。 その辺をうろうろしているとゴルフをしていた男性が近づいてきた。 先に謝っておこう。
ごめんね、私、馬に乗るの初めてだから、思い通りにならないの。
謝ることないさ、君が楽しめればそれでいいんだよ。乗馬は楽しいかい?
ああ、ここの人たちは、生き物を自然に受け入れてくれてるんだ。
それにしても、ゴルフコースの中を馬で散歩する人間、グリーンの草を食べている羊たち、犬を連れて遊びに来てる家族。 そして、ゴルフをやってる人たち・・・。 よくわからない不思議な光景だ・・・。
バーバラは初日と2日目に役員の仕事があるので、一緒に連れて行ってもらった。 近くのISDSメンバーのところに行って、わざわざ私のためにバッジを借りて(入場料がタダになるゆえ)。 3日目はバーバラが行かないと言ったので、トライアル見学に来ていた友達に連れて行ってもらう。
初めて見るトライアルは、とても静かだった。 話には聞いていたが、競技をやってる犬はもちろん、ギャラリーにも吠えてる犬が・・・いない。 また、そばを通っても、目が合っても、ぶんぶん尻尾を振ったり、甘えるようなしぐさをする犬もいない。 犬も人も自然だ。 パピーがいても、「キャー、かわいい!」なんていう声も聞かれない。 みーんな静か。
フィールドを見ると、個性豊かな犬たちが、仕事の妙技を披露してくれている。 たくさんの犬をビデオに収めてきたが、本当に、一頭一頭違うのだ。 容姿はもとより、身体の動きや、羊との距離や、追い方の癖なんかも。
この大会はナショナルチームを選抜する大会である。 なので、すでに、各地方で勝ち抜いてきた代表が走っているのだ。 400ヤードのアウトランだけでも圧巻である。 3日間で150チームくらいの参加だったのだが、最後のほうになると、リフトが一番の要であるような気がしてくる。
3歳くらいの若ぞーだと、スピードがある分、羊のコントロールが利かなくなったりする。 見ているこっちがはらはらさせられる。 もちろん、若くたってうまくできる子はいるのだろうが、プログラムを見ると、6〜8歳が平均のようだ。 なかには12歳に近い犬もいた。 そういう犬は応援にもついつい力が入るが、まさに熟練工。 危なげない羊さばき(なんて言葉があるかどうかは知らないが)を見せてくれた。 若ぞーに比べてなんという安心感。
犬たちは競技が終わると水を浴びる。 全身がつかるくらいの入れ物が用意されていて、しばらく風呂に入るようにつかっている。 なんともかわいい。 2日目、3日目は異常なくらい暑かったので、特に気持ちよさそうだった。
この暑さのせいもあってか、途中でタイミングが合わなくなってリタイヤする人が、初日に比べてだいぶ増えてきた。 羊を睨んで動かなくなっていても、羊を見失って探していても、ハンドラーの That'll do で帰ってくる。 そして、お互いをねぎらいながら帰っていく。
えーーーー、こんな英語じゃ無理だよぉ・・・
と、泣いて見せたが、面白いこと好きのバーバラには通用しない。
質問の内容を先に聞いておいてあげるから、大丈夫大丈夫。
くそ!他人事だと思って。
ま、旅の恥は書き捨てじゃ。 BBC放送の夕方のちっちゃなニュースなんて知ってる人が見るはずないし。 開き直ってその日を迎える。
何のために、ここ、イギリスに来たんですか?
ここで勉強して、日本に帰って何をするのですか?
この2つを聞きます、と言うことだった。 答えをどうしようか、考える間もなく、バーバラがプロデューサーに勝手に答えている。
Hirokoはシープドッグの勉強に来たのよ。
それからトライアルを見に来たのね。
日本に帰ったら、犬のトレーニングセンターを開くの。
私のほうを振り返って、
いい?そう答えるのよ。
え!?そりゃ初耳だ。
が、早口の連中相手に、何も言い返せず。
そしてそのまま、インタビューを受けてしまったわけだが、なんか英語間違ったような。 こんなの、ニュースを見てた人に通じたんだろか。
問題のシーンは、ビデオに収めてきたが、門外不出。
ぼーっと立って見ていたら、少しお年を召したレディが近寄ってきて、
私、あなたを見たわ。
あなた、昨日テレビに出てたでしょ?
はい。
このトライアルはどうでした?
あなたのためになった?
ええ、とても。
私は、このシープドッグたちをとても誇りに思うわ。
それだけ言うと、どこかへ行ってしまったけれど、ちょっとうれしかった。 そして、やっぱり、人間の中の自然体を感じた。
帰りに友達が滞在しているホテルに寄って、シャワーを借りる。 ここは、3年前にバーバラを訪ねたときに使ったホテルだ。 アットホームな感じで、ボーダーコリーが看板犬だ。
どこにでも犬がいる社会っていいな、と思う。 日本も早く、犬たちに過剰反応しない国になって欲しいものだ。
Pegを連れて、フィールドに行く。 19頭の犬の中で、私に一番合う犬。 彼女は芯が強い。 正しいと思ったことは、相手が誰であろうと曲げないのだ。
Hirokoによく似てるわ。
と言われてから、ますます、結束が固くなったのだ。 でも、なんだか、もう、これで終わりだと思うと、自分の身体が思うように動かない。 30分もなかっただろうけど、Pegにたくさんダメ出しされて、少しへこんだ。
バーバラがその様子を見ていて、声をかけてくれた。
だいじょうぶよ、Hirokoならできるわ。
今まで見てきて、きちんと犬を理解してるってことがわかったから。
涙が出そうになった。
Pegをバックヤードに連れて帰ると、さっきまで真剣だった表情が、打って変わって柔らかくなった。 身体を摺り寄せて甘えてくれる。 なんだか、Pegにも慰めてもらったようだ。
今度、ここへ来るときは、もういないかもしれないね。
なんて、考えるからまた涙が出てくるんだ。
ヘザーがたくさん咲いてるところを通り、川を渡り、うっそうと茂る林の中を通り抜ける。 SkyeとGlenはあちこちの匂いをとり、だいぶ先を歩いていく。 Megはバーバラのそばを離れない。 教えてもいないのに、脚側(っていうんでしたっけ?)で歩く。
この3頭のうちどの犬が一番仕事に向いてると思う?
私の答えは正解。少しは犬を見る目ができてきたかな?
めずらしく、向こうから犬連れで散歩している人が歩いてきた。 バーバラが犬たちに声をかけると、彼らはスッと戻ってきてバーバラについて歩き出す。 すれ違ってしまうと、バーバラが犬たちに何かささやいた。 すると彼らはまた、思い思いに遊びながら歩く。
途中から道がいくつかに分かれた。どれもまともそうで、たぶん、後でまた合流するだろうと思われた。 SkyeとGlenは少し急な上へ行く道を選んだ。 バーバラは、平坦に続く道を選んだ。 私はバーバラの後についていき、二人でSkyeとGlenを呼んだのだが、彼らは来ない。 上から、じっと私たちを見つめて、なんか言いたげだ。
そっちじゃないんだけどなー。
Skyeはいつだって正しいのよ。
バーバラが言い出す。
ほらねー。
私たちの道はどんどん下っていき、最後に正しい道に合流するには分岐点よりもさらに急な道(らしくない道)を登らなければいけなかった。
上で、3頭が待っててくれた。
あれ、Megはいつの間にそっちに付いていったの?
私もこれからは、バーバラよりSkyeを信じるわ。
しばらく笑いながら歩いたっけ。
1時間ほど歩くと、いきなりパブの裏手に出た。 あー、そういうことだったのね。
犬たちに形だけリードをつけて、パブでビール。 ヴィッキに車で迎えに来てもらって帰宅。
ホントに楽しい散歩だった。
イギリスにしては暑い日が続いていたので、バーバラも家族も暑い暑いを連発していたが、湿度が日本の比じゃないので、私には気持ちよかった。
犬たちは3週間前と同じように思い思いのことをして時間をつぶしている。 でも、もう、私をちらちら伺うこともないし、愛想をしに来ることもない。 私を遊びのターゲットにすると決めたら、遠慮なしに体当たりしてくる。 群に受け入れてもらったんだな、と実感した。
明日は帰るんだよなー・・・。
夕方、少し冷えてきたので外でのワインはおしまい。
夕飯を食べ終わると、バーバラの家族が集まってきた。 あれ?どうしたのかな?と思っていると、いきなり修了証書が出てきて、授与式が始まった。 いつの間に作ったんだろう? 何も聞いていなかったので、本当にびっくりした。
私はMBIPDTだから、ドッグトレーナーの資格を与えることができるのよ。
Hirokoなら、シープドッグをトレーニングできるわ。
自信を持って。
いつだって私がついてるから。
そんな言葉をたくさんいただいた。 そして、最後に、犬笛を首に・・・。
ありがたくて、何をしゃべったか、いや、ちゃんとしゃべっていたのかどうかも覚えていない。 ただただ笑いながら泣いていた。
犬たちに挨拶してくる。
みんなの小屋を回って、お礼を言う。 特にSkyeとPegには心から感謝している。
朝10時半の飛行機なので、あまり長い時間犬達と一緒にいることもできず、後ろ髪を引かれながらファームを後にする。 友達に空港まで送ってもらって、チェックインして、やれやれ、と思っていると、なにやら怪しげな雲行き。 アナウンスが流れる。
KLMオランダ航空・・・10時半のアムステルダム行き・・・
おーい、今度は何だ? だんだん、周りが慌しくなって、係員の前に行列ができ始める。 どうやら、実際の雲行きが怪しかったのだ。 サンダーストームが来て、離陸できないと言う。
関空行きの飛行機に乗り継げるかどうかはわかりません。
と、きっぱり言い切られる。
もう、なるようにしかならないし、足止め食らったらそのとき考えよう、と思ってコーヒータイム。 それにしても、行きといい、帰りといい、この空港はよっぽど私を引き止めたいようだ。
結局リーズ空港で2時間ほど、いろんなことを考えながら過ごした。
楽しかった3週間を何度も何度も反芻しながら。